「前後重量配分50:50」このキャッチコピーに弱い車好きは多いでしょう。しかし私はこの50:50という数字はスポーツカーにとって意味のない数字だと考えています。特にFRの「前後重量配分50:50」は眉唾であることが多いと思います。今回はその理由を解説していきます。
「前後重量配分50:50」の車は走行中には50:50にならない
もういきなりのファイナルアンサーなのですが「前後重量配分50:50」というのは、当然ながら静止状態でのことです。しかし、走行中の車の前後にかかる荷重は一定ではありません。一定速度でまっすぐ巡行している時ですら空力バランスの影響で前後にかかるダウンフォース(普通の市販車の場合は逆に揚力)は異なります。そこまで細かいことを言わなくても、スポーツ走行中の車両は、ほとんどの時間で加速か減速をしています。
FRの場合、一般的にはコーナリング中はパーシャル(加速も減速もしていない状態)の時間が長い傾向にありますが、グリップしている場合は操舵しようとする前輪が抵抗になって前のめりにロールしますし、スライドしている時にはリア寄りに荷重が移動します。つまり、パーシャルであってもコーナリングしている間は前後の荷重は一定ではありません。車のロール軸も前後が同じ高さとは限りません。前下がりのロール軸の場合には当然ながらロールするとフロント荷重になります。
静止状態で50:50となっている車は、加速から減速に移る瞬間などの一瞬だけしか50:50になることはありません。「前後重量配分が50:50の車」を言い換えると「走行中には前後重量配分が50:50にならない車」なのです。
前後重量配分50:50は簡単に作れる
この図はどちらも50:50の重量配分です。真ん中の棒を持ってデンデン太鼓のようにくるくると左右に回した時に、どちらが軽快に切り返せるかはやってみなくてもわかりますよね?このように前後重量配分よりも大切なことがあるのです。右のように重量物を回転軸の真ん中に集めることを「マスの集中化」といいます。このマスの集中化が運動性能に与える影響はとても大きいでしょう。
車の三大重量物は「エンジン」「乗員」「ガソリンタンク」だと言われています。トランスミッションも無視できない重量ですけどね。ここでFRのレイアウトを考えてみましょう。
この状態で前後重量配分が60:40だとして、なるべくコストをかけずに50:50にしたいと思ったらどうすれば良いと思いますか?答えは非常に簡単です。
燃料タンクを後ろに下げればよいのです。もしくは他の要素でリアを重くすれば良いのです。このように実は前後重量配分を50:50にすることは簡単にできることなのです。私の愛車であるRX-7は実際に下側の図の位置に燃料タンクがあります。数値の上では50:50ですが、なにかモヤりますよね。
特にFRの場合はプロペラシャフトやデフ、ドライブシャフトがありますので、ホイールベース内にガソリンタンクを配置するのはむずかしいものです。ただし、プロペラシャフトを避けるような特殊な形状のガソリンタンクでホイールベース内に収めている車種もあります。最近だとGR86&BRZなどがそうです。
ロードスターの場合はリアシートがないこともあり、ほぼほぼホイルベース内に入っていますが、デフやプロペラシャフトの上に配置されていますので、そこそこ重心が高くなってしまっています。前後重量配分はよく語られるのに、重心高はほとんど語られないのはどうなのかと思います。
「ミッドシップは前後重量配分が50:50だから優れている」という勘違い
次にミッドシップを見てみましょう。NSXはエンジンが横置きですが、今回の論点を説明するには十分ですので題材にしました。新しい方のNSXは巨大なリチウムイオン電池などがあってちょっと話がずれてきますので。
一目見てミッドシップがマスの集中化に有利であることがわかりますね。一昔前は「ミッドシップは前後の重量配分が50:50になるから優れている」といった勘違い話を良く聞きましたが、最近は認知されてきたのかあまり聞かなくなりましたね。一般的にはミッドシップの前後重量配分は40:60くらいです。構造的にリア寄りの重量配分になりがちというのはあるのでしょうが、コーナーの立ち上がりで効率的に駆動輪に荷重をかけるためにリアが重めなのは狙い通りなのでしょう。また、リアの重量配分が大きいと言っても、重量物が前後にばらけているのと、このようにマスの集中化がなされているものでは、その重量配分の意味は大きく異なります。
余談ですが、過去に乗っていたMR-2(SW20)は、運転席と助手席の間のセンタートンネルがやたらと巨大でした。「FRのように、そこにミッションがあるわけでもなく、プロペラシャフトが通っているわけでもないのになぜこんなにセンタートンネルが巨大なのだろう?ボディ剛性への配慮かな?」と思っていましたが、なんとセンタートンネルに長細い燃料タンクが搭載されていたのです。
エンジンが後傾していることで後ろが重いとか言われていましたが、かなりすごいレイアウトなのではないでしょうか?純正状態での足回りやタイヤのキャパシティが小さすぎだったために酷評をうけていましたが、正しくチューニング・セッティングしてやると操縦性の良いスポーツカーでしたよ。「コントロールを失うと三途の川が見える」のは評判通りでしたが(笑)
燃料を重しにしての重量配分である
日本車のカタログや車検証に記載される車重は全備重量です。つまりオイルなどの油脂類はもちろんのこと、燃料も満タンの状態です。FRの燃料タンクはマスの最も後ろにありますので、前後重量配分が50:50になるのは燃料が満タンの時だけなのです。
当然ながら、走っているとガソリンは減っていきますので、どんどんと後ろが軽くなり50:50の重量配分は崩れていきます。そもそもタイムアタック時する時には重量を減らすために満タンでは走りません(純正の燃料タンクではGによる燃料の偏りでおこるガス欠症状を防ぐために多めに燃料を入れざる負えない車は多いのですが)
上の図を見れば、燃料が減ると一気にフロント側に重量配分が寄るというのは想像に難しくありませんね。燃料の増減による重量配分の変化が少ないという点でも、ミッドシップが優れているのがよくわかりますね。
ホイルベースの真ん中を軸に旋回しているわけではない
前後重量配分を語るときにホイールベースの中心をZ軸にして説明することがありますが、車はホイールベースの中心を軸に旋回しているわけではありません。リアステアでスライド気味に走る場合には旋回軸は前の方にあるでしょうし、低速なタイトコーナーをベタグリップで旋回すれば後ろ寄りになるでしょう。走り方によって旋回軸は異なります。同じ車でも乗り手やシチュエーションで旋回軸は変化するのです。
このように旋回軸が変化することを考えても、静止状態での前後のタイヤの荷重が50:50であることが、いかに意味のないことであるかを窺い知ることができるでしょう。
では、ミッドシップが一番偉いのか?
ここまで、ミッドシップの優位性を説明してきましたが「では、ミッドシップが一番優れているのか?」と言えば、そうとも言えません。たとえば有名どころではポルシェ911がRRとして有名です。リアのオーバーハングにエンジンを搭載するなど、普通のスポーツカーの論法では考えられませんが、実際に911のハンドリングの評価は高く、911 GT3 RSなどはウェットの筑波サーキットを1分2秒で走ってしまうほどのポテンシャルです。ウェットですよ?4輪駆動ではないリアドライブの車両がウェットでこのタイムというのは、かなりイカれています。
レース用では911RSRがミッドシップ化されたと言うのは記憶に新しいのですが、これはレイアウト変更を目的としたというよりは、リアのオーバーハング部に巨大なディフューザーを設置するのにエンジンが邪魔だった為のようです。現代のレーシングカーでは空力のプライオリティが高いですからね。
理論的にはミッドシップというのは「マスの集中化」を考えると理想的なレイアウトだとは思いますが、これもまた、そこだけに注目するのではなく、もっと多角的、総合的な判断が必要であると言えます。
このように、車の設計の狙いや走るシチュエーションによっては、「たまたま、前後重量配分50:50付近が具合が良い」ということはあるかもしれませんが、「前後軸重の配分が同じだから良い」ということはないのでは?と私は考えています。
また、なぜか前後重量配分だけがやたらと語られますが、マスの集中化はもちろんのこと、重心高や左右の重量配分など重量配分だけでも、他にも注目すべき部分はあります。数字はわかりやすいですし、数値化して分析することは大切だとは思いますが、1つの数字にとらわれしまうのは間違いです。言い古された、ありきたりな言い方ですが「トータルバランス」が大切なのです。
まぁそのうちに、みんなEVになってしまって、どうでも良い話になってしまうのかもしれませんけどね。。。